借金文化 2009 5 17

 もちろん、「借金文化」という言葉の使い方が妥当なのか、
私には、自信がありません。
しかし、的確に表現していると思います。
 数年前には、「こうした借金文化に支えられた『借金文明』が、
いつまで持続可能なのか」とまで言いました。
 さすがに、借金に「文明」までつけてしまうと、
国語学者に怒られてしまうかもしれません。
しかし、これまた、的確に表現していると思います。
 こうした言葉の使い方には自信がありませんが、
実は、この言葉は、数年前、アメリカ人の経済評論家も使っていたのです。
「我々の経済は絶好調である。
しかし、一抹の不安がある。
我々の国には、借金文化がある。
それが不安だ」と。
 以下の文章は、警告の意味で、何度も、このサイトに掲載しました。
「これは、何度も読んだ」と言われるかもしれませんが、
これから、「借金文化」を「借金学」で考察する上で、重要だと思います。
(このサイトから引用)
 文化の違い culture gap 2003 6 23
 今日(2003年6月23日)の日本経済新聞には、このような記事があります。
 「住宅担保に消費者ローン」
 「家計、金利負担増の懸念」
 「アメリカで、住宅を担保にした消費者ローンが急増している。」
 「ただ、同ローンは大半が変動金利であるうえ、住宅バブル頼みの色彩も強い。」
 「ホーム・エクイティ・ローンと呼ばれる同融資は、
 住宅の評価額から住宅ローンを除いた部分を担保にするもので、使途の制限はない。」
  これを読んで、さすがに日本人は違和感を感じるでしょう。
 このような「アメリカの借金文化」には、ついていけないと感じるでしょう。
(引用は、ここまで)
 もちろん、「借金学」という学問はありません。
しかし、借金について、学問的に考察する必要があります。
 なぜならば、数年前まで、
世界同時好況という名前の「借金文明」が繁栄していたからです。
その中核にあった巨大投資銀行は消えてしまいました。
 そもそも、借金は「善」とされるべきなのか。
これについては、多くの日本人が「いけないこと」と感じているでしょう。
貯金民族である日本人は、借金に対して「嫌悪感」があるかもしれません。
 しかし、国が違えば、その感覚は違うのです。
日本では、貯金の多さが「偉大さ」を計る尺度となっているかもしれませんが、
アメリカでは、いかに多く借金ができるかが、
ある意味で社会的なステータスになっているのです。
「さすがに、借金文明の発祥の地であるアメリカは、すごい」と思うでしょう。
 もちろん、こうした借金文化も、経済学的に考えれば、合理的な場合もあります。
その国の経済状態が、インフレであれば、こうした経済行動も合理的かもしれません。
インフレは、現金の価値を減少させ、借金の負担も減少させます。
つまり、インフレの時は、借金の負担が減るのです。
 今、借金を抱えている方は、
「そうか、インフレになれば、この借金の負担が減る」と思ったでしょうが、
そうはいかないのです。
実は、今、日本を含めて、世界各国は、デフレ傾向にあります。
デフレは、現金の価値を増加させ、借金の負担も増加させます。
 つまり、インフレの時は借金をして、デフレの時は現金主義になることが合理的です。
そういうわけで、借金文明というものは、インフレという土台の上に花が咲くのです。
 話がそれてしまいましたが、はたして借金は善なのか。
それは、「個人」と「企業」で区別して考えるべきだと思います。
(個人)
 私は、個人については、借金は「避けるべきもの」と考えています。
もちろん、除外規定があります。
マイホームやマイカーは、現金で買う人は少ないと思いますので、
こうした買い物は、借金となるでしょう。
 問題は、マイホームやマイカー以外の商品です。
たとえば、ブランドもののハンドバッグ。
最近は、インターネットで買えると聞きましたが、
超一流のものになれば、数十万円となるでしょう。
これを借金(クレジット分割払い)で買うとなると、どうでしょうか。
 これは、「背伸び消費」と考えています。
そもそも、こうしたものは、金持ちが現金で買う商品でしょう。
クレジット分割払いで買うのは、違和感があります。
やはり、世の中には、分相応というものがあるでしょう。
 「せめて、ハンドバッグだけでも」と思うでしょうが、
実は、後で問題が発生するのです。
ハンドバッグだけ高級品というのは、外見上、変でしょうから、
結局、靴も、洋服も、宝飾品も、高級品で揃えることになります。
つまり、クレジット分割払いが、ひたすら増えて、
気がつけば、借金漬けの生活となります。
「あなたも、クレジット分割払いを利用すれば、分不相応な生活ができます」と、
甘い誘惑があるでしょうが、それは破綻の道です。
 私は大学生の頃、社会勉強のため、
デパートでアルバイトをしました。
担当する売り場は、高級品を売っていました。
そこで、同僚のアルバイトから、こんな話を聞きました。
「本当の金持ちと、そうでない人を区別するには、どうするか。
それは、ベルトを見た方がよい。
見栄を張って高級な服を着ていても、さすがにベルトまで、お金は、かけていない。
金持ちは、小物まで、お金をかけている」と。
 そういうわけで、金持ちに変装するには、
いや、今風の言い方で、セレブに変装するには、
小物までブランドものである必要があるのです。
つまり、クレジット分割払いを多用する必要があるのです。
 もちろん、日本がインフレで高度成長期ならば、
こうした経済行動は持続可能かもしれませんが、
今の日本は、デフレ傾向で、低成長期にあります。
(企業)
 無借金経営の会社の話を聞きますが、
企業レベルにおいては、無借金というのは、難しいと思います。
これは、個人がマイホームという設備投資を借金で行うのと似ていると思います。
 たとえば、工作機械。
数千万円どころか、数億円でしょう。
 ちょっと金額が大きいので、
もっと身近な話を書きましょう。
最近、ブームになってきている「農業で起業」。
ところで、農業用トラクターは、いくらだと思いますか。
500万円ぐらいはするでしょう(300万円ぐらいのものもあるかもしれません)。
「クラウンより高いのか」と言う人もいるかもれませんが、
クラウンは自家用乗用車で、トラクターは事業用です。
(トラクターは家庭菜園用ではありません)
農業するには、トラクターの他に、
田植え機、コンバインなど、いろいろな農業機械が必要です。
こうした農機具を貯金してから買いますか。
貯金が貯まる頃には、年を取ってしまい、農業ができなくなってしまいます。
 もちろん、借金で、全部、農業機械を揃えるのも厳しいでしょう。
(中古の農業機械を揃えるという方法もあります)
農業は、農家以外の人が参入するには厳しいかもしれません。
 さて、まとまりのない話を長く書いてしまい、
竜頭蛇尾となってしまいましたが、
借金文化を考える上で、ちょうどよいテキストがあります。
 書名 「貸せない」金融
 著者 小林 幹男  角川SSC新書
私は、第1章(個人金融)については、反対です。
しかし、第2章(事業者金融)については、参考になりました。
 いまだに、アメリカでは、借金文化というか、借金文明を懐かしむ声を聞きますが、
「それは、そうだろう」と思います。
何しろ、借金文化というものは、ローマ帝国時代からあった「伝統ある文化」ですから。














































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